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2014年10月

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私のハンドルネームは「サニマン」です。


なぜ、このハンドルネームなのか疑問に思った人もいるのではないかな?と思い、
この記事を書かせていただきました。

「サニマン」の由来それは、まぁ卑猥なことにあります。

沖縄の方言で「サニ」とは男性の○子を意味します。まぁ卑猥ですね。

そしてその卑猥な言葉と男のマンを掛け合わせてこの「サニマン」は産まれました。

そのきっかけは、18才ぐらいの時に一人の友達がなぜか急に自分のことを「サニ」、「サニマン」と
呼び始めたのがきっかけです。

その友達いわく、なんとなくそう浮かんできたといっていた気がします。

その「サニマン」という言葉。なぜかピーンと気に入ってしまい。
自分でも自分のことを「サニマン」だと思うようになっていきました。

おそらく、当時の自分が普段から卑猥なことを言いまくっていたから、
そんなあだ名をつけられたのかな?なんて思ったりします。

そしてその後、わたしは19になって、宮古島にさとうきびの収穫のために
3ヵ月滞在することになりました。そのときに、おばーとおじーがしきりに

「さとうきびのサニが・・・」というのを耳にしました。

おじーにさとうきびの「サニ」って何のこと?と聞くと。
さとうきびの苗のことだよと教えてくれました。

そのときに「サニ」という言葉は宮古島では「苗」や「種」みたいな
意味があるのだと知り、よけいにこの「サニマン」というあだ名に何かしっくりくるものを覚えたのを今でも覚えています。

それから私は完璧に「サニマン」というあだ名が気に入り、
自分のハンドルネームとして使うようになりました。

そんなことで私自身この「サニマン」という名前の由来を言わせてもらえば、
友達に偶然つけてもらったあだ名といえますが、今となってあらためて意味づけをするのならば、

種や苗のように、その成長する姿によってまわりに希望や笑顔をあたえられる人でありたい。
種や苗のように、次の世代へより良いものを託す人でありたい。

あとは「絶倫」ですかね目指すものは。なんちってw

そんな意味が「サニマン」には込められている。そんな気が今はしています。

そんなことで私『サニマン』がお届けするこのブログを今後もよろしくお願いいたします。

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今日はほぼ雨だった。

我が家の猫たちも、気圧の関係か今日はおとなしかった。

猫も雨の日はモンモンとするのかな。

台風は宮古島にも沖縄本島にも通過せず本州へとむかっていった。

今日は釣りをしたかったけど、雨だからやめた。

10月入ってもう5日もすぎた。今年もあと3ヵ月。

あと、ひとふんばりや。いい正月をむかえられるようにがんばろう。

インギャー橋から飛び込んだ。そのときに想った事。

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日々、暮らす中にも色々と想うところがある。

憧れだった宮古島での生活。

気がつけば、もう半年を越えている。

8月で4歳になった息子は普通に「ひららいく」なんていったりする。

半年前には考えもしなかった。

家の近くにインギャーマリンガーデンというサンゴ礁に囲まれた海辺がある。

最近そこにあるインギャー橋という橋から海へ飛び込む。

高さは大体干潮の時は10mはあるかな?
はじめは怖くてまったく飛べる気がしなかった。

飛ぼうとして橋の淵に立って足をガクガクしながら飛べなくていたときに、
親友に「これを飛べなかったら男じゃない」とか
「おまえはここから逃げれないぞ、人生と同じだぞ!」とか
言われ、究極に追い込まれて、生きるか死ぬかの覚悟で
「エイヤー」と飛び込んだ。

飛び込んでみるとなんてことない、ただただ飛んだことに対する快感しかなかった。
こんな気持ちいいことがあるのかとさえ思える体験だった。

それから、やっぱりいつも飛び込むときは怖いけど、
その体験をしてから飛び込めるようになった。

やはり、何でもとにかく飛び込んでみないとわからない。

そして、そこまで自分を追い込まないと飛び込めない。

ただ、一度飛び込めばまた飛び込める。

まさに親友が「人生と同じだ」と言った言葉そのままだと思う。

人間は本能として自分を守るため、危険を回避しようと頭も身体も自然と動く。
安全なほう安全なほうへと行動をとっていくそれが自然なことだと思う。

ただ、そこへ行けば危険な気がするが実際にはわからないってことも多い。

そんな時にはやはり人は躊躇するものだ。
そして、大体の場合そのわからない部分にはみんな飛び込まないものだと思う。
やっぱり自分を守りたいから。生きたいから。

よほどの動機がない限りそこへは飛び込まないのが普通だろう。
でも、そんなこともなく、そういったところへ「ぽいっ」と飛び込めてしまう人がいることも
これまた事実。

なぜその人がそんなことを軽くできちゃうのか?

それはきっと、状況は違えども体験としてそういったことを感覚として持っているからできてしまうのではないかな?ただ、もちろんその人も飛び込むときには少しは怖さはあると思う。ただ、その怖さを超えた快感みたいなものを体験として知っているってことなのかなと。

そして、面白いことにいざ高いところから海の中へ飛び込んでみると、
普通の感覚なら怖くてずっと目をつぶってそうだが、
おそらく大体の人がそうだと思うのだが、飛んでから海の中に沈んで
海面へ顔を出すまで人はずっと目を開けている。

それはきっと人の生きる本能がそうさせるのだと私は思う。

そう、飛び込んでみると人は実際は驚異的な生命力をみせる。
それが人間の本来の姿なのかなと思ったり。

そういう風に考えると、今私は宮古島に飛び込んでいるのかもしれない。

でも、まだまだだ。

これから深くもぐって、宮古島を知ること。

それができればなんて思ったり。

保良川ビーチと息子と空と

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写真撮影の練習のために知人の方からお借りしたNIKON D70で
試し撮り。だいぶ古い機種らしいが十分きれいですね。

NIKONすごい!私も一眼レフ買うならNIKONにしようと決めましたね。

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