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2014年04月

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プログラミングを習得することは、

機械語を理解して機械と会話ができるようになることだと思います。

まぁ正確に言えば、機械語は0と1だけの組み合わせなので、

それだとあまりに難解すぎるので、その間の中間の言語が

プログラミング言語と言うのでしょうか?

機械語を作った人、そしてそれがスラスラとわかる能力を持った人たちが
その能力がない人たちにも機械に指令を出せるように作ったのが
プログラミング言語だと私は思っています。

私自身、最初にこのプログラミング言語にふれた時は、
それまで全く親しみがなかったということもあって、
なんだこりゃ?ちんぷんかんぷんってなかんじでした。

それでも、機械に指令を出して、面倒くさい作業は
機械にお願いしたいと私は強く思っていたので、
その言語を習得することを強く願っていました。

プログラミングが書けるようになってきたのは、
はじめてプログラミング言語にふれてから3年後でした。

その間は、少し苦しかったかなと思います。
機械に指令を出したいことはあるのに、
それをどうやって伝えていいのかわからないからです。

だから、本を読んだり、人の真似をしたりで勉強したんですね。
何度もあきらめそうにもなりました。
でも、段々と伝え方がわかってくると楽しいのも事実だったので、
なんとか続けることができました。

だからプログラミングの習得も
他の国の言語を習得するのと一緒で
ちょっとづつ、こつこつやるしかないかなって自分は思います。

私たちだって日本語を話せるようになったのは、個人差はもちろんあると思いますが、
産まれてから3年ほどかかって、それからどんどん話せるようになったと思いますし。

だからあせらずちょっとづつですね。

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自分の話をちゃんと聞いてくれて、
話したらちゃんと理解してくれて、
感情むき出しで、
本気でぶつかってきてくれて、
怖がりで、臆病で、
でも本当はすごく勇気があって、
守ってくれて、
安心させてくれて、
和ませてくれて、
優しい言葉をかけてくれて、
励ましてくれて、
叱ってくれて、
褒めてくれて、
喜んでくれて、
分けてくれて、
気付いてくれて、
覚えててくれて、
ねぎらってくれて、
笑ってくれて、
笑わせてくれて、
つっこんでくれて、
ボケてくれて、
のってくれて、
真似してくれて、
一緒にいてくれて、
わがまま言ってくれて、
甘えてくれて、
遊んでくれて、
愛してくれる。

そんな理想の友達の息子3歳。

私も息子の理想の友達になれるように、毎日100%彼とガチンコでぶつかっていこうと思う。

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例えあなたが今の会社で全然評価されていなくても、働く環境を変えればびっくりするほど評価されることだってあります。

これは私の実体験でもあります。
私は沖縄から東京に転職で上京して、
ウェブ業界で働き始めました。

やはり、駆け出しということもあり、
最初はもちろん評価されなかったと思います。ただ、唯一これまで社会人になって三年間ほど培ってきたグラフィックデザインのスキルだけは評価されていた気がします。

ただウェブデザイナーとかコーディングって部分では自分でもわかるほど全然ダメでした。

家でもコーディングは勉強していましたが、中々プログラミングというスキルは最初のころ自分にはとてもハードルが高くて、身につけるのに時間がとてもかかりました。

それでも仕事をしていく中でコーディングの技術は自分には必要だと常に感じていたので、何度も挫けそうになりながらも、なんとか習得するために食らいついていました。

そんな中、創業メンバーとして転職させてもらう機会をもらえて、コーディングの仕事もちょっとずつですが、やらせてもらえるようになって、少しづつコーディングのやり方がわかってきました。やっぱり家で本や検索をして勉強するよりも仕事という実践でやったほうが習得は早いなと改めて実感した瞬間でもありました。

そして、それでもその会社の中では自分のコーディングスキルは一番下。もちろん評価もされていなかったし、自分はグラフィックデザインのスキルのほうを期待されていたと思います。

それでも仕事の中で、ちょっとづつコーディングの仕方をわかってきたので、家で勉強するのも楽しくなって、そこからは本当に加速度的にスキルを習得していけたと思います。

そして、その会社も転職することになるのですが、結局コーディングの技術が評価されることはありませんでした。自分より全然もっとできる人がいたってのが大きかったと思いますが、逆にいえば、それぐらいレベルの高い環境で学ばせてもらっていたんだなと、今になっては思います。
その方は、自分がその会社から転職するよりもちょと早い時期にフリーランスとして独立したので、それぐらいスキルは高かったと思いますし、一緒に仕事をしていて、コードの書き方とかはがっつりコピーさせていただいていましたw。

そして、そんな中で転職させていただいた会社で私は自分でもびっくりするぐらい評価されることになりました。グラフィックデザインのスキルもあって、ウェブ業界で3年以上の経験も積んでいて、コードも書けるようになっていたので、重宝されました。そして会社の規模が今までの会社より大きくなったということもあり、分業制が整っていたというのは自分にとっては追い風になったかなと思います。プログラマーとデザイナー(デザイナーがhtmlとCSSを書く。もちろんデザインだけのデザイナーもいた。)の仕事が分業されていて、私はどちらもある程度できたのでその間をつなげる橋渡し役として立ち回ることができました。

というのも、その前の会社ではPHPなども、本当に簡単な所なんかは触らせてもらっていて、家でも勉強していたので、なんとなくプログラミングというものがわかっていたから、プログラマーの方の気持ちがある程度わかるし、話ができるという状態だったと思います。

プログラマー軍団のボスみたいな方に可愛がってもらって、一緒に飯に誘ってもらったり、飲みに連れてってもらったりもしました。

本当にその時は、自分のことが評価されていることが嬉しくて仕事が楽しかったです。今までの悶々としながら、中々コーディングの技術が習得できなかった日々が報われた気分でした。

そして、その自分が身につけた技術をデザイナーチームにマニュアル化したりして、資料を作ってレクチャーしたりさせてもらうようにもなって、人に教えて共有するということの楽しさも知ることができるようになりました。デザイナーのみなさんも優秀な人たちばかりで、教えたらすぐに、習得するし、むしろ自分が学ばせてもらっている気分で嬉しかったのを覚えています。

そんな、素晴らしい会社も私の一身上の都合で退職することになってしまったのですが、退職の日にはデザイナーチームから花束をもらったりして、本当に感謝感謝の一言でした。退職の時に花束もらったのは、今までその一回切りです。本当にありがたいです。

だからこそ、もしあなたが、いまがんばっていて、成長したいとか、自分のスキルに自信がついてきたから、他の環境でそれを試してみたいとかいう思いがあるならば、転職はしてみたほうが自分の経験からは絶対におすすめです。
もちろん、なんか今の職場に不安を抱えていて悶々としているって方でも全然いいと思います。
きっと、あなたのことを評価してくれる会社や環境は必ずどこかにあると私は思うのです。私もそうだったから。

転職することは、悪いことじゃないです。私はすごくポジティブなことだと思っています。

もちろん、なんでもかんでもすぐ転職すればいいってもんじゃないと思いますが、あれこれもがき苦しみながら自分の中で見切りがついたり、もっと成長したいって思いが出たのであれば、行動に踏み出すべきですし。

それと転職って、すごくエネルギーを使うことだし、疲れることでもあります。ただその先にそうやって自分のことを評価してくれるという明確なイメージがあれば転職活動も楽しくなるかもしれないし、エネルギーも湧いてくるかもしれません。

だから、私は当時しなかったのですが、もしあなたが転職活動中ならそうやって生き生きと、働いている自分のイメージを明確に持つとひょっとしたら、いい会社との出会いも引き寄せるんじゃないかな?と思ったりしました。

私も働きながらの転職活動は大変でした。でも、きっとみんな向上心があるからこそ転職をすると思うし、今の会社で悶々としている方や転職活動している方には昔の自分を応援するような気持ちで頑張って欲しいし、自分の理想の職場環境を手に入れて欲しいと思っています。

きっと、今の職場でも理想の環境を手に入れるために頑張ってきた人がほとんどだと思いますし。でも、絶対に自分を責めることなく、なんて自分はポジティブで行動力に溢れているんだろうと褒めながら、転職に励んでほしいなと思います。

絶対にあなたを評価してくれる環境があるし、あなたがもっと生き生きと働ける職場があるはずです。

諦めず、掴み取ってほしいなと思います。

そんなわけで、私の「転職のすゝめ」でした。

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当たり前のことなのですが、
人間やっぱり健康が第一だと思います。

そして、その健康を維持する為に自分が一番気をつけてることが、やっぱり食事です。

まず良い食事をとるってことは、なるべく自然のものに近いものを食べるって部分を気をつけています。そういう点でも化学調味料などもできるだけとらないようにしています。基本的には、味噌汁のダシは煮干しからとったり、とか少し手間がかかる料理をいただくことにしています。
そういった、少し手間が、かかるものっていうのはやっぱり体に優しいと思いますし、その優しさが体を健康にも保ってくれるって自分は思っています。手間をかけることって、それだけ愛情があるってことだとも思いますし。

でも、私はなんでこんなに健康に、食事に気をつけるようになったのでしょう?
思えば、19才ぐらいの頃も、今日自分が食べたものを日記につけて栄養価などを分析したりしていました。

まぁ、一言でいってしまうと食べることが好きなんだと思いますが。美味しく、そして質のいいものを食べたいって欲求が昔から強かった気がします。

そして、その欲求は今でも枯れることなくずっと湧いてきています。その湧き出てくる欲求に従っていった結果、自分で作物を育てその恵みをいただくという百姓への道へと今、進んでいます。
もちろん、口に入れるもの全てを自分たちでまかなうことは不可能ですが、なるべく自分たちで育てた野菜なんかを食卓に運びたいなぁと今は思っています。最高に手間がかかることだと思いますが、最高に愛情がたっぷりこもった料理になることは間違いなしです。

もちろんたまには、ファーストフードも食べますし、お菓子も食べます。でも出来る限り手間を惜しまず、愛情のこもったものを食べるようにしています。

それがきっと、心身共に健康に保ってくれると思っているので。

宮古島滞在記。前浜ビーチは海開きですよ!

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今日は、宮古島の前浜ビーチでは海開きでした〜!



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まだ水温はちょっと低いようで、
みんは寒い〜といいながら海に入っていました。



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いや〜、沖縄にいた頃はこれぐらいの時期の海開きは普通だと思っていましたが、内地に何年も住んでからだと、
早いな〜って思っちゃいますね〜。



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ビーチには、ヘリコプターなんかも来たり、アトラクションが設置されてたりで、豪華な海開きでしたね〜。



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それにしても宮古島の海、綺麗ですわ〜。

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私たちは、小さい頃から失敗することは
悪いことだとやたらと植え付けられてきた気がします。

実際、失敗はやるべきだし、
世の中は失敗しないとわからないことばかりだと思います。

エジソンの言葉にも
私には失敗という言葉はない。
電球が光らないという発見を1000回以上しただけだ。

みたいな言葉があったと思います。
有名な失敗は成功のもとという言葉ですよね。

要するに成功するためには、
何回もの失敗が必要ってことですね。

そうして、こういったエジソンのような偉人からしたら、もう失敗という言葉すら存在しないということですね。

すべては自分の求めているものを手に入れる過程にすぎないと。

ということは、自分が本当に求めていることを手に入れるためには、何度も何度もこうやったら成功しないという発見をしないといけないということだと思います。

そう考えると、あれが本当はやりたいんだけど、失敗するだろうなと考えて、中々行動に踏み出せないというのは、どう考えても、本当に自分が求めていることを手に入れることからは完全に離れてしまっている気がします。

今の世の中は、情報があふれていて、インターネットで検索すれば色々なことがわかる時代です。だから何かやりたいと思っても、まずはネットで調べたりして、知識だけ仕入れてしまって、実際に自分で体験をしてみないという人も多いのではないでしょうか?

私も失敗は悪だと植え付けられてしまっている張本人です。知識だけ豊富でアタマでっかちになってしまっていて、自分のやりたいと思うことを実体験として掴み取るということを怠ってきたような気がします。

どんな無謀なことだって、自分で体験してやってみない限り、何も得られないはずだし、実は何も無謀なことではなかったって発見もできないはずです。

やらなきゃ損です。
体験に勝るものはありません。

だから何かをやりたいと思って、
失敗することが心に沸いてきたら、
自分には失敗という言葉はないって、
言い聞かせて、やってみる。
そして経験を実体験として掴みとる。
それが結果的には自分を成長させることにもつながると言い聞かして、邁進したほうがいいってわたしは思います。

まぁ、これは私が今やりたいことがあって、失敗するんじゃないかという思いが沸いてきたので、自分に対する自戒も込めて書いた記事です。

失敗に対する自分の固定概念、手放していきたいですね。

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宮古島に長期滞在したいという場合は、
お金に余裕があればいいですが、できるだけ宿泊費は安くすませたい
というのがみなさんあるかと思います。

私たちも宮古島に来てみて、当初は1週間〜2週間ぐらいいれればいいかな?
てな具合だったのですが、まぁ幸運にも安い宿が見つかり、
現在2ヶ月以上滞在することができています。

それで、いつまでも今の宿に居られるわけではないので、
私たちも安く借りれる家を求めて今動いている最中です。

そんな中で聞いた、宮古島の住宅(一軒家)事情についてちょっと書いてみたいと思います。

まず、タクシーの運ちゃんに聞いた話だと、
宮古島は土地が安いから(地価は下がり続けているらしい)
家は借りるよりも買ってしまったほうが長期的にみると安い。
ということでした。まぁ確かにそうだよなと。

あとは、移住者のかたでもう何年も宮古島に住んでいるかたに
聞いた話だと、安くで借りれることになっても、
その家の主(兄弟や子供が帰ってくるとかで)が急に返してくれといったりしてくることがよくあるそうです。その場合はその家の内装なんかをきれいにリフォームしていても、それもすべてぱぁになってしまうそうです。(元々敷金・礼金なんかもなく、安くで毎月借りていたから、そこまで言えないそうです。)

んで、大体安くで借りれる場合の相場は私の聞いた範囲だと
一軒家で月2万〜3万ぐらいが多いかなと思います。
聞いた話では年7万とかで貸してくれるところもあるようです。
都会で暮らしている人からしたら、一軒家をその値段で住めるなんて夢のようですよね。

ただ、安くて借りれる分、家主の都合によってはすぐ返さないといけなくなるなんてこともざらのようですね。悩ましいところですね。

まぁ、やっぱり一番いいのは家を買って、所有権を自分のものにしてしまうのがいいのでしょうが、
なかなか、家を買うって勇気がいることですもんね〜。

あとは、開いている家はけっこういっぱいあるらしいが、
なかなか他人貸すことはなくて、不動産を通すことも土地柄で少ないようです。

なので、逆を言えば、長らく宮古島に滞在して友達を作っていけば
開いている家を貸してくれたり、もしくは売ってくれるって人にも出会えるってことではないでしょうか?

そんなことを考えながら、今は家探しをしている最中で〜す。
まぁしばらくは今の宿にいれるので、あせらずいい出会いがあればと思っております。

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さっき、宮古島の夜の海をみながら、
3歳の息子と散歩していました。

最近、息子はよく

「宮古島はいろんなものがあるね〜」
っていいます。

一般的な大人の目線だと、
宮古島のような離島は何にもないって
イメージが強いかもしれませんが、
3歳の息子からしたら、
きっと、色々なものや体験があって、
とても刺激的なんでしょう、

実際に私も、今年10年ぶりに宮古島に来るまで、宮古島は何にもないって思っていた張本人です。

宮古島は好きだけど、何かしら理屈をつけて、そういう風に思い込んでしまっていたのだと思います。

理由はよくわからないけど、宮古島が大好き。

私に足りなかったのは、きっとそんな子供のような無邪気な感情だったんだと思います。

子供は理屈や理由は考えません。
自分が感じることがすべてです。

大人のように固定概念がないんですね。だからすべてのことを枠にはめない。すべては自分が感じるがまま。

本当に感情むき出しなんですね。

きっと理屈なんて、あげればきりがない、無限ループのようなものです。ひとつのことを理屈で片付けても、自分の感情を無視しているうちは、また違った角度で問題がやってくる。自分の感情が気づいてほしいと何度も呼びかけてくる。

だったら、最初から自分の感情に正直でいたほうが、無駄なエネルギーを使わなくて済む。

だから子供は自分の好きなことだけにエネルギーを精一杯そそぐんだと思います。本当にめちゃくちゃシンプル。

もちろん悩む時間も必要だと思いますが、何よりも自分の直感を信じて進むこと。自分の中から自然と湧き出てくる感情を大切にしてあげること。

それが一番だし、むしろ人はそれしかできないんじゃないかな?って自分は思います。

感情は常に自分に何かを問いかけてくるから。

何かモヤモヤすることがあれば、きっと何か大切なことを知らせたいという合図なんだと思います。

だから私も、子供のように自分の感情に正直で、いたいなと。

そんなことを気づかせてくれた、
夜の息子との散歩の時間でした。

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縁は運だという人もいるが、
その運となるものは、自分の実力でつかむものだと思う。

人は、生きているうち、先に進む生き物だと思う。
歳を重ねることと、根を張ることは違う。
豊かな経験は、人に羨ましがられるものでなく、その先を生きるものへの免罪符というか、通行許可証や後押しのようなもの。
なりものがおで、自分という存在を誇張して生きる若者が少しでも自分らしく生きられるためにできるエクササイズ。
それが今を生きる大人の定義だろうか。
ひたすら、社会やりと関係なく本来の自分が喜ぶことを見つめて行動する。

いただいたご縁で、今日食事した。
それは自分の人生の倍を生きた、
そして何よりも今を生きている大人との対話の時間とでも言うだろうか?

書き溜めていたものが、話すうち手からすり抜けるような、自分が何も知らない空論の戦士者であり何かに巻かれまいとする若さを示した。

では、歳とはなんだろう。

そういう物理的なものが、自分と関係なく動いてゆく。

きっと、何かに巻かれたく、何物にも巻かれたくない、この瞬間に、
与えられているものは、大きいのだ。

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